職の人

泡盛の奥深さはそこはかとなく黙々と。泡盛仙人の古酒への想い。



職の人 vol.6

黙々100年塾 蔓草庵蔓主宰 島袋正敏さん

 

元名護博物館館長、山原島酒之会会長、そして現在は泡盛の仙人

泡盛仙人と呼ばれる島袋正敏さん

「泡盛を買うときは必ず3本以上は買うようにしています。保管して寝かせる分、それと息子二人の分。息子から孫へと次世代に泡盛は引き継いでいかなければいけません」

そう話すのは、名護市天仁屋にある『黙々100年塾蔓草庵』主宰、元名護博物館館長であり、山原島酒之会会長などもされていた、ヤンバルを知り尽くした人物「島袋正敏さん」。

大自然に囲まれた広い敷地には小川が流れ、沖縄の花々や草木がイキイキと育つ。この「黙々100年塾蔓草庵」は泡盛仙人と呼ばれる「島袋正敏(せいびん)さん」が、4年の月日を費やし手作りしたもの。

黙々100年塾  蔓草庵の名の通り、黙々と100年200年かけてこの工房を造り続けていきます。まだ完成はしてません」と正敏さんはいう。

 

天然記念物に指定されている底仁屋の御神松には、きっと神が宿っている

名護市の天然記念物に指定されている底仁屋の御神松。神々しい。

敷地内に入るとすぐに目につく大きな松の木。この御神松の事にも触れておこう。

これは底仁屋の御神松。沖縄では『スーナのウカミマーチ』と呼ばれ、長い間この場所に静かに佇むこの松の木を近くで観ると、息をのむほどのパワーを感じる。沖縄の歴史を見てきた松だ。推定樹齢220~250年。高さは約10m、地上1mでの幹の直径は145㎝、幹の周囲は455㎝もある立派な御神松。この御神松の傍には歌碑が立っている。

『松風は歴史を語る心持して ゆかしき仁を讃え仰ぎつ』

『黙々100年塾蔓草庵』の道をはさんだ向かい側には、旧天仁屋小学校跡地(2009年3月閉校)がある。昭和37年に当時の久志村立天仁屋小中学校(後に天仁屋小学校となる)に赴任した吉田賀盛校長は、たわわむ程の枝をもち、雄々しく生育している老松の見事さに心を打たれ、松を植えたゆかしき人を偲んでこの歌を詠んだという。 

戦地へ召集されていく若者の無事を願い、この松の下で見送った。また、涼しい木陰は稲を脱穀したり薪を割って束ねたりする村人たちの仕事場でもあり、道行く人々には心地よい涼しさを与え、その雄々しい姿に心のよりどころを求めた人々は、この松をいつしか「御神松(ウカミマーチ)」と呼ぶようになった。

泡盛仙人とこの御神松。なにか深く通づるものを感じる。

 

文化は幾百年の時間を経て伝えられていくもの

手作りの看板。この看板も案山子も正敏さんの手作り。

なぜ『黙々100年蔓草庵』と命名したのか。

「文化は幾百年の時間を経て伝えらていくものだと思っています。一世代で完結するものではなく、何世代もつないでいくことで、より本物で確かなものが残されいくんです。ものづくりもそうです。この場所は底仁屋の豊かな自然に囲まれ、まさに蔓草(つるくさ)が生い茂る真っ只中、次世代に黙々と文化を伝える庵(いおり)です。自然と共に暮らし、遊びとものづくり、多彩な沖縄の在来文化資源を保存し活用を考え、実践していく小さな拠点にしたいと思い、名付けました」と正敏さんはいう。

正敏さんがご自身で建てた小屋の中には、驚くほどの量の泡盛が保管されている。新しいものから古いものまで。もちろん見た事のないラベルの泡盛も多数あり、泡盛好きの私は見ているだけでワクワクするお宝の山だ。この小屋の中には何本の泡盛があるのか聞いてみた。

「7000本くらいまでは数えていましたが、そこからはもう数えていません。最低でも同じ銘柄を3本、多い時はケース単位で購入するので、どんどん増えていきます。だからわかりません」

まるで泡盛の博物館。しかも泡盛はこの部屋だけではなく、隣の部屋にもたくさんあり、正敏さんの自宅にもあるそうだ。

そして寝かされている泡盛は瓶だけではなく、古酒甕(こしゅがめ)も40個以上。大きいものから小さいものまで。変わった形の甕もある。正敏さんはこの『古酒』を後世に受け継いでいくために、大切に大切に育て、ここを訪れた人たちや、あるいは自身が他の場所に足を運び、古酒造りのノウハウをレクチャーしているそうだ。

 

寝かせるだけではいい泡盛は育たない。仕次(しつぎ)をする事で素晴らしい泡盛に

5年モノ、10年モノ、20年モノの古酒甕

泡盛は「寝かせる」だけではいい泡盛には育たない。もちろん『瓶熟成』も可能ではあるが、ある程度までしか育たないという。

「いい泡盛を育てるには、仕次ぎ(しつぎ)という作業が必要なんです。何年も放っておけばいい泡盛ができるわけではありません。仕次ぎ(しつぎ)とは『仕事を次へ』という意味があります。泡盛を熟成させるために、1年に一度くらい古酒甕から1割程度の泡盛を汲み取り、汲み取った分の新しい泡盛を継ぎ足す。いわゆるブレンドをすることで、質のいい古酒が育っていくわけです」

古酒甕を我が子のように撫でながら正敏さんは続ける。

「古酒甕を3つ用意して、15年もの、10年もの、5年ものの泡盛があるとすると、15年ものから1割汲み取り、嗜む(たしなむ)。そして1割汲み取った15年ものの泡盛の甕に10年ものの泡盛を継ぎ足す。少なくなった10年ものの泡盛には5年ものを継ぎ足す。5年ものには新しい泡盛を継ぎ足す。この仕次ぎをすることで古酒化が進み、より良い古酒になるんです」

但し、仕次を続け20年以上経った泡盛は、1年に1度の仕次では多すぎるため、数年寝かすこともあるようだ。まさに熟練の技である。ちなみに蔓草庵には数十年ものの『ハブ酒』も。

正敏さんの元には甕の補修依頼もやってくるそうだ

「大切な古酒を育てるには、質のよい甕が必要です。甕は呼吸をしています。そして経年劣化でヒビが入ったり割れたりすることもある。いつからか私の元に甕の修理の依頼も入るようになりました。ものづくりが好きなので、時間を見つけては修理をしています」

その他にも沖縄ならではの相談もあるという。

「ある年配のご夫婦がいて、ご主人が先に亡くなり、ご主人がコレクションしていた大量の泡盛が残った。亡くなったご主人にしてみれば大切な泡盛だけど、残された奥様にとっては処分に困るだけ。どうしたものかと途方に暮れ、私の元に相談にみえました。そんな貴重な泡盛を引き取り、年に一度オークションを開催しています」

昔の人は「家の鍵を人に預けても、古酒蔵の鍵は預けない」と言っていたほど、古酒にはお金に換えられない価値があったそうだ。恐らく亡くなったご主人は、草葉の陰で泣いていることだろう。

そうやって次世代に想いを馳せながら繋いでいく。『黙々100年塾 蔓草庵』の活動は古酒づくりだけではなく、泡盛資料館、モノづくり塾、食文化体験、農業体験、自然・歴史探訪などを目的として創られた「学び」の場。

アダンの葉でコースターを作ったり、沖縄の民具を収集したり、竹で昔ながらのかごも作る。用途によって様々な形があり、どの家庭にもあったという竹かご。民具は、何十年も使い続けることができ、様々な物語がある。人々の暮らしに根付いてきた、魅力ある民具も後世に伝えていきたいと語っていた。

「新しいものが悪いとは言わない。でも古いものの中には、未来へと受け継がなければならないものはたくさんあって、古酒づくりはその中のほんの一部です。戦争があったせいで、100年以上の古酒はもうほぼなくなってしまいました。でも私は私の孫たちに100年ものの古酒を飲ませてあげたいんです。なのでこれからも古酒づくりに励みます」

私も泡盛マイスターの端くれ。まずは『すべての家庭の床下に古酒甕を』が実現することを強く願います。

お庭にはヤギもいました。

 

黙々100年塾 蔓草庵

住所:沖縄県名護市天仁屋

電話:090-9788-4727



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沖縄大好きケコ
★沖縄大好きケコ★
「てぃーだかんかんブログ おきなわラブな人たちのためのブログ」やインスタグラムなどで、沖縄大好きを発信中! 2016年、泡盛マイスターの資格を取り、国際通り屋台村 「島酒と肴(しまぁとあて)」でその実力を発揮、FM那覇にて居酒屋風ラヂオ「イザラジ」のパーソナリティを務める。Sunking Leather Craft代表。福岡県出身。

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