沖縄の守り神といえば「シーサー」。右を見ても左を見ても、上を見てもシーサーと巡り会える。例えば空港。例えば屋根の上。例えば城門、橋、通り。沖縄はなぜシーサーが守り神なのか?そしていつからシーサーを守り神として受け入れたのか。調べてみると色んな事がわかってきた。
元祖シーサー伝説。沖縄南部富盛地区にある「石彫大獅子」
沖縄県南部にある東風平町富盛(こちんだちょうともり)という部落に、 有名な石彫りシーサーがある。
その名も「富盛の石彫大獅子」。地元民からは「富盛(ともり)のシーサー」と呼ばれ親しまれている。この「富盛のシーサー」は、昔からこの地域の守り神として信仰の対象とされ、近くにある八重瀬岳から村を守るために建てられたという言い伝えも残されている。
1689年のこと。このシーサーが建てられる以前の富盛地区は、なぜか火事が頻発していた。不安な日々を過ごしていた村人たちは、ある風水師に相談。すると風水師は、火事の原因が「火山である八重瀬岳にある」といい、火事から村を守るためには、八重瀬岳に向けてシーサーを置けばよいとアドバイスをする。そのアドバイスを聞いた村人たちは、風水師に言われた通りにシーサーを置いてみると、不思議なことに火事がぴたりとやんだそうだ。
この当時から風水思想を窺い知ることが出来る、重要な歴史だ。
そしてこの事があってから、各地に「シーサー信仰」が広まっていったという。これ以前にも、王朝宮殿等でシーサーの原型が見られたらしいが、地域レベルではこの「富盛のシーサー」が最も古いという。つまりこの「富盛の石彫大獅子」は「シーサー」の元祖といえる。
シーサーの起源は「獅子」(ライオン)。「獅子」→「しし」→「しーしー」→「シーサー」なのかな。八重山では確かにシーサーの事を「シーシー」と呼ぶ。ではどこから伝わってきたのか。
紀元前6000年ころ、エジプトやインドで強さの象徴として、ライオンの石像が作られていた。それが、シルクロードを経て、中国に伝わり、ちょうど15世紀ころ、琉球王国は交易が盛んな時代で、その頃に伝わってきたというもの。
エジプトというと「スフィンクス」、シンガポールの「マーライオン」などは同じ流れと思われる。もう一つ、日本には同じ流れをくむものがある。それは「狛犬」。「狛犬」は、中国唐の時代に朝鮮半島を経て、仏教とともに日本に入ってきた。高麗(こま)から狛犬になったのだろう。
シーサーの置き方。置く場所にも風水が関係している
シーサーは、オス(=口が開いているもの=陽)と、メス(=閉じているもの=陰)の2体で1組。この陰陽2体が揃うことで、この2体の間が結界となり、家を殺気(=邪気)から守ってくれるらしい。
オスは『福』を招き入れ、メスは『邪気』を寄せ付けないといわれている。
神社の入口に狛犬や阿吽の像が置かれているが、これも一種の結界で、シーサーは、狛犬や阿吽の像と同様の働きをしてくれるという。
通常は、家の入口である玄関を守るために、外玄関の両脇もしくは門の上に置く。家の中に置くのであれば玄関の方向に向けて置く。但し、シーサーを隣り合わせでくっつけて置くのは風水的にはおススメできないそうだ。シーサーをくっつけて置くと、結界の幅が数mm~1㎝くらいにしかならないため、ただの気休めのお守りにしかならず、意味がないそうだ。もちろん飾りとして置く分には問題なし。でもせっかく置くなら家を守って欲しいものだ。
残波岬公園には沖縄で一番大きいといわれている「残波大獅子」がいる。全高はナント7m。
実はこの巨大シーサー、本来の「守り神」として作られた訳ではない。
かつて沖縄が琉球王国だった時代にさかのぼる。その時代、中山王の命を受けた泰期(たいき)という人物が、琉球から中国へ派遣される初の進貢使(しんこうし)として琉球王朝と中国の交易を始め、琉球王国の発展に大変貢献した。この人物が読谷村出身であることから、商売の神様として崇められ残波岬には銅像が建てられている。
そしてこの「残波大獅子」も、琉球王朝時代の読谷村の中国との国交文化を後世に伝えるために製作された。なのでこのシーサーは中国大陸の方向にまっすぐ向いており、シーサーのすぐそばにある石碑には「夢を語れ!ロマンを抱け!人々のしあわせ・平和のために!!」と刻まれている。
屋根の上の漆喰シーサーは、瓦屋根職人が作るおまけだった
シーサーは大きく分けて3つ。権威の象徴としてお城などに設置されるもの。富盛の石彫大獅子のように村や町を守るもの。そして沖縄で一番よく見られるのが家庭用のもの。
家庭用のものは家の前や門など様々な箇所に置かれているが、中でも特徴的なのが屋根の上にいるシーサーではないだろうか。
本来、赤瓦屋根は、ある程度格式の高い家が作ることができたとされており、19世紀頃から屋根の上のシーサーが作られた。それは屋根瓦職人が、瓦作りで余った漆喰を使って「除災招福」を願い、おまけで作ったのが屋根上シーサーの始まり。だから、屋根上シーサーには職人の個性が出るのでしょう。
今まで何気なく見ていたシーサーも、その背景がわかるとどんどん面白くなってくる。