食の人 vol.5
トックリキワタ珈琲 齋藤 進さん
元高校教師が、新天地沖縄ではじめた、大人カフェ
「そこそこの珈琲とそこそこのフードを、極上の空間で楽しんで頂ければいいかなと思っています」
謙虚にそう話すのは、那覇市牧志にある「トックリキワタ珈琲」の店主、齋藤 進さん。2018年1月22日にOPENしたお店。
場所は国際通りから1本入った「ニューパラダイス通り」。戦後、若者を中心にうちなんちゅもアメリカ人も誰もが踊れる『NEW PARADISE』という社交場があって、そこに集まる人々がその店の前の狭い通りを「ニューパラダイス通り」と呼ぶようになったのが由来。そんなパラダイス通りに「トックリキワタ珈琲」はある。店内はシンプル。だけどどこを切り取っても絵になる、品の良さが隠せない。イキイキと育つ観葉植物も、恐らく大切に育てられてるのであろう。
「とにかく落ち着ける空間であるように」
笑顔や所作、そして話し方でその人の人となりは自然と伝わる。店主の齋藤さんは細やかな気遣いができる素敵な方だとすぐに感じた。高校時代の担任が、齋藤さんのような先生だったらよかったなと、少し思った。
齋藤さんはなぜ沖縄でカフェをやろうと思ったのか。
50歳になったら教師を辞め、新たな何かを始めたい
「生まれてからずっと埼玉に住んでいて、小さい頃は大人の中で育ったというか、父親が7人兄弟の末っ子で共稼ぎだったので、近くにある父親の実家に預けられていました。そこには従妹もいて共に育ちましたが、7男の息子(齋藤さん)と長男の息子では年の差がかなりあって。自分より上の年代の子たちに囲まれて育ったので、少し大人びた子だったと思います」
小さい頃から教員になるレールの上を歩き、実際に教員になって、自分が教員を辞めるなんて考えてもみなかった。が、ある日、50歳に早期退職をしようと考え始める。
「50歳で早期退職しようかな~とは考えていて、50歳になる3年くらい前から本格的に退職に向けて第二のステージの青写真を作り始めました。でもその時点では「絶対カフェをやりたい!」という考えはなく、何がやりたいというよりも、自分に何ができるかを考えた時の選択肢の一つが「カフェ」だったんです」
ちょうどその頃、齋藤さんは体調を悪くし、大人喘息を患う。医者のアドバイスで、気候が温かく湿度の高いところに住んだ方がいいと言われ、ハワイか沖縄かな~と冗談で言ってたけれども、沖縄には高校の修学旅行で訪れたり、プライベートでも何度となく通っていた事から、知り合いも多く土地勘もある沖縄に移住を決めた。
不動産屋さんとの出会い、そしていい物件は突然に
移住する2年くらい前からネットで物件探しをしていた時、たまたまとてもよく面倒を見てくれる不動産屋の担当と出会い、沖縄での住居も店舗もその担当が尽力してくれたという。住居は案外すぐに決まったが、店舗はなかなか見つからなかった。
「いい物件が3軒くらい見つかりましたが、その頃はまだ埼玉に住んでいて、いい物件があったという連絡をもらっても、すぐには沖縄には行けず。休みを取ったり飛行機のチケットを取ったりしてると、沖縄に行けるのが連絡から2週間後になったりして。そしてその間にいい物件は人の手に渡ってしまう。そういう事が3回くらい続きました。その時に不動産屋の担当から、『店が決まってから沖縄に移住するのではなく、覚悟を決めて沖縄に移住して、生活をしながら物件探しをした方がいい』と言われ、まずは移住しました」
自身でも30年間教員として働き、教員を辞めてすぐにカフェを始めるより、少しインターバルを置いたほうがいいと考え、昨年2017年の4月に沖縄に移住。そこからのんびり物件探しを始める。
「とにかく不動産屋の担当がものすごく良い方で。その担当が希望エリアの白地図をくれて、気になる物件があれば、地図に印を付けて下さいと言われたんです。そして色んな物件を見て回りマーカーでチェックすると、担当がチェックした物件全部に問合せをしてくれたり、法務局で電話番号を調べて直接電話で問合せてくれたりと、本当にとても良くして頂いて」
当初は牧志公設市場界隈で物件探しをしていた。しかし好みの空き物件を見つけても、市場界隈の建物は老朽化が進み、近い将来、取り壊しになるので貸せませんというアナウンスばかり。市場界隈はエリアとしては少し難しいなと思っていた矢先、たまたまパラダイス通りでカフェをやっているオーナーが辞めるという情報が入る。
「すぐに前オーナーに連絡を取って直接話を聞き、不動産屋に伝えたのが沖縄に移住して3ヶ月後の7月。前オーナーが9月までの契約なので、10月くらいには入れますと言われたんです。本当にラッキーでした。以前に、お店をやっている方から聞いた話ですが、物件との出会いはタイミングなので、見つからない時ないくら探しても見つからない。けど待っていればポーンと見つかるよ!と言われていたので、まさにこれがそのポーン!でした」
移住して1年くらいはのんびりしようと思っていたそうだが、出会いとはそんなものかもしれない。結果2017年4月に移住し、翌年2018年1月22日に「トックリキワタ珈琲店」はOPENした。
「トックリキワタ珈琲店」という店名は、沖縄に住むものとしては親しみ深い名前。初めて目にした時、キャッチーでとてもいい名前だなと思った。そして店名の由来もきになるところ。
「お客様によく店名の由来を聞かれますが、実はそこには全然ストーリはなくて。店のリノベーションをお任せした会社に、『いい加減、店名を決めて下さい』とせっつかれ、いくつか候補はあったもののどれもピンとこなくて。僕の自宅は与儀にあって、与儀界隈にはたくさんのトックリキワタがあり、あのピンクの花と綿毛は、本土出身の僕にとってはとっても衝撃的で、カフェをOPENさせる事とは別に以前からとても気になっていました。そして口に出してみると「トックリキワタ」は発音しやすいし、デザインするにもシンボリックな形をしているので、これでいいんじゃないかなーと。それだけなんです」
確かに私も初めてトックリキワタの綿毛を観た時は驚いた。トックリキワタの花は遠目から観ると、桜と見間違えるほどとても綺麗な花を咲かせる。実際の花は桜よりも随分大きく全く違うのだが。
そして花が散った後、トックリキワタの実ははじけて、中から綿毛が出てくるのだ。その量が驚くほど多い。トックリキワタが多く咲く場所は、綿毛の時期になると綿が風に舞い、美しいというよりも、例えばその場所を通る油断していると、顔や口や鼻の穴に綿毛がまとわりつく事になる。
最初は風に舞う綿毛を見て、こんなところにタンポポかな?とほのぼのしたが、ほのぼのからおどおどに変わるくらいの量。集めればクッションも作れそうだ。でも花はとても美しいからプラマイゼロかな。
お店で焼くケーキ。そして美味しいフードたち。まさにてぃーあんだー。
ケーキとフードは齋藤さんの手作り。ケーキは店内で焼いているそうだ。ケーキにも料理にも丁寧に愛情を注いで作られているのが一目でわかる。
写真のスープは「島かぼちゃのスープ」。丁寧に裏ごしされているので、とてもなめらか。そして「自家製塩麹のケークサクレ」。ちなみにサクレとは、塩味のきいた甘くないケーキのこと。 キッシュに近いイメージでスープにもよく合う。ケーキは常時数種類あるが、おススメは甘さ控えめだけど濃厚な味わいの「ホワイトチョコの抹茶ケーキ(400円)」。
「元々ケーキ作りや料理が好きで、昔からやっていました。ただ料理とケーキは作れますが、珈琲はお客様から料金を頂いて淹れる程の技術はなかったので、珈琲専門の方にお任せしました。彼もこのカフェのために、沖縄に移住してくれたんです」
トックリキワタ珈琲店には珈琲担当の方がいて、お客様の好みに応じた美味しい珈琲を丁寧に淹れてくれる。まずは抽出方法を選び、それから豆を選ぶ。珈琲担当の方とは本土で出会い、しかも沖縄に移住することもすんなり受け入れてくれた。不動産屋の担当といい、物件といい、珈琲担当の方といい、齋藤さんにはいい出会いを引き寄せる力があるのかもしれない。そして冒頭に「そこそこの珈琲とそこそこのフードを・・・」なーんて言われたが、嬉しい裏切りだった。
トックリキワタ珈琲店のかわいい店長、ボス♂
トックリキワタ珈琲店の店長「ボス♂君」。店内の一角にボス君のスペースがある。覗きに行くとチラリとこちらを振り向いてくれた。大人しくて穏やかな店長さん。最後に将来の展望と、これから移住を考えている方にアドバイスをお願いした。
「将来の展望は二店舗目を出すとかそういう具体的なものはないですが、お店のリノベーションをして頂いた会社の方から、『トックリキワタ珈琲店が街の風景になることを望んでいます』というステキな言葉を頂戴して。それが今のところの目標です。そして移住を考えている方には、例えば文化の違いや価値観の違いと直面した時に、楽しめるくらいの心の余裕とかポジティブさは必要だと思うし、うまくコミュニケーションを取れるスキルは多少あった方がいいなと思います」
確かに。郷に入れば郷に従え。沖縄は本土との文化が大きく違うし戸惑うことも多くあるが、それをネガティブに考えるか、ポジティブに受け止めるかで、移住生活は大きく変わると思う。
極上な空間で極上な珈琲と極上なお料理&ケーキをぜひ。
詳細情報は沖縄REPEATをご覧ください。
トックリキワタ珈琲店
098-869-0200