色の人 vol.10
演芸集団FEC わたぬきかなさん
なんの思い入れもなく沖縄へ。でも今はかけがえのない場所に。
「沖縄に移住したのは、ある日、母が急に沖縄に住もう!と言い出したからなんです」
そう話すのは、演芸集団FEC所属の役者、わたぬきかなさん。ベイビーフェイスの彼女は24歳。色気と可愛さの両方を持つ女性。彼女の澄んだ瞳でまっすぐ見つめられると、吸い込まれそうな感覚に陥る。彼女はFM那覇で働き、FM那覇ののラジオパーソナリティをしながら、演劇集団FECに所属し、役者として舞台をこなす。
ちなみに「演芸集団FEC」とはなにか。本土の方は知らないかもしれないが、沖縄を代表する「お笑い3大事務所」の一つなのだ。あとの2つの事務所は「オリジン・コーポレーション」と「よしもとエンタテインメント沖縄」。
「演芸集団FEC」は、1993年に旗揚げして、ことし結成25周年を迎える。「演芸集団FEC」の団長は仲座健太(なかざ けんた)さんで、沖縄では知らない人はいないくらい有名なお笑い芸人。仲座さんは「ハンサム」というコンビで今も活躍中で、仲座さんの相方は、今を時めく「護得久栄昇さん」なのだ。
だけどわたぬきさんは、その「演芸集団FEC」でお笑いをやっているわけではない。FECの俳優部門で女優を務めている。
「とても自由な事務所なので、FECから声がかかればもちろんその舞台に立ちますが、FEC以外の舞台のオーディションも受け、受かれば舞台に立つ。ほんと自由なんです」
キラキラと輝く笑顔でそう答えるわたぬきさん。しかしカメラを向けると笑うのをやめる。
「写真が苦手なんです。笑うと顔が引きつっちゃう」
小さな頃はルールが守れず、ただそんな自分にも薄々気づいていた
「小さい頃はとにかくルールが守れない子供でしたね。そしてかなりのおてんばで。でもその頃から私は、ちょっと周りのみんなと違うという事は、薄々感じていたような気がします」
小学校の頃は、教室の外にロッカーがあり、その中に教科書などをしまっていた。授業前になると授業で必要な教科書やノートなどを取り出し用意する。でも、授業中に必要なモノを出し忘れたと気付く。
「先生が授業をしているにもかかわらず、急に席を立ち、廊下のロッカーへスタスタ歩いて行くような子だったんです。先生に断りもなくです。そして先生から叱られる。だけどその時は、必要なものを取りに行ってるだけなのに、叱られる意味がわからなくて」
小学校・中学校時代は剣道部に所属。相変わらずルールは守れない部分もあったが、部活は楽しく、少しずつではあるがルールを守れるようにはなってきた。
「その当時の私は、人前で何かをやることが苦手で。文化祭などで剣道をお客さんの前で披露しなければならない時があって。それがとにかく嫌で学校中を逃げ回った。その時、見に来てくれていた母親が顧問の先生に叱られ、私を探し回ったようです。母には申し訳なかったけど、とにかく人前でなにかをするのが大嫌いでした」
小さい頃から自由奔放だった。その性格が災いしたのか、彼女は長い間、いじめにあったという。
「小学校から中学卒業まで、ずーっといじめられてました。中学を卒業したころ、急に母が沖縄に住もう!と言い出して、まだ私は子供だったし嫌がる理由もなく、そのまま母と兄と三人で沖縄に引っ越してきました」
もしかするとわたぬきさんのお母さんは、誰も知らない沖縄という地で、わたぬきさんの新しいスタートを後押しするために、沖縄移住を決めたのかもしれない。
アニメが好き。ゲームが好き。猫が好き。家が好き。
沖縄に住はじめ、彼女は通信制の高校へ通い始める。高校を卒業してからすることもなく、ブラブラしていた。
「高校時代のある時期に、女優になりたいと思った事があって。人前に立つのは苦手なくせに(笑)その時たまたまツテで女優さんとお会いするきっかけを頂いて。あまり売れていない女優さんでしたが、その女優さんから『女優業は大変よ~』といわれて。大変だったらやらなくていいやと思い、そこから海外に目を向けるようになったんです。なんで海外なのかはわかりませんが(笑)」
そこから彼女はニュージーランドへ短期留学する。本当に唐突に。そこがまたわたぬきさんらしいが。
「3ヶ月間という短期間ではありましたが、親元を離れニュージーランドに行ったことで、かなり視野が広まりました。今までは自分はココまでしかできないという、自分が作った許容範囲の中でしか過ごせませんでしたが、留学をきっかけに冒険もできるようになった。殻を破った感じです」
わたぬきさんの兄も沖縄で役者をやっているそうだ。ニュージーランドから帰国してすぐ、わたぬきさんは兄の舞台を観に行く。その時にもらったチラシには、ある舞台のオーデションの情報があった。
「オーディションに応募したら受かっちゃって。そこから私の役者人生が始まるわけです」
あんなに人前に立つことが苦手だった女の子は、人前で演じる事の快感を知る。
「普通の人と違う事がしたい。もっともっと目立ちたい。舞台上に立ち、お客様が自分の演技を見て笑ったり感動したりする事に喜びを感じました。それでどんどん役者というものにハマっていきました」
「そこから三年くらいはフリーでやって、2018年の3月にFECのオーディションがあり、無事合格してFECへ。FECには所属していますが、かなり自由な事務所なので、FEC以外の舞台にも立ったりします」
「沖縄では有名な「わが街の小劇場」という劇場で、ある舞台の女優オーディションに合格したんです。沖縄は横のつながりが強いので、一度オーディションに受かると、有難いことにお声がかかるようになって。わが街の小劇場でも舞台に立たせて頂いています」
今では役者だけではなく、制作にも携わっているという。「わが街の小劇場」では役者として育ててもらったという。2015年に初めて舞台に立つ。わずか3年で15回もの舞台に立っているそうだ。
休みの日はなにをしているの?という質問を投げかけると、パッと表情が明るくなり
「家に引きこもります。家が大好きなんです。あとは猫も大好きで飼っている猫と戯れています。あとはゲームも漫画もアニメも好きです。至福なんです」
いい笑顔だった。隠し撮りすればよかったが、カメラを向けるとやはり笑顔は消えた。
会社でのいじめやパワハラの実態、被害者の心の動きを見る人に訴えた舞台「罪の名前」
昨年、わが街の小劇場でわたぬきさんが演じた舞台「罪の名前」。会社のオフィスで繰り広げられる新入社員と上司らのやりとりを通して、いじめやパワハラの実態、被害者の心の動きを見る人に訴えた。
物語は新入社員の崎原(わたぬきかな)がテンションの高い所長(仲嶺雄作)、厳しい女性の上司(渡辺奈穂)、崎原から悪口を引きだそうと画策する女性の先輩(棚原奏)らに罵倒され、疲れ切って帰宅するシーンから始まる。
小さく狭い空間で発せられる罵声は、まるで見る人に向けられているようにも思えた。「会社の人がやってることは犯罪じゃないのか」と自問しながら、崎原(わたぬきかな)は最後まで「会社を辞める」と言わない。
この舞台はニュースや新聞にも取り上げられ話題となる。私の目の前にいるわたぬきさんとはまた別の表情。幾通りもの顔をもつわたぬきさんは、役者になりわずか3年で頭角を現しているように思える。
「優等生と比較されたり無視されたり。被害者にならないよう、いじめの傍観者になることも。いじめにもいろいろあるんです」
そう語る彼女の言葉には重みを感じる。いじめられていた過去が、役者で役立ったのだ。
「でも私、今でもストレスに弱くて。仕事して仕事終わりに舞台稽古に行って・・・という毎日を繰り返していると、どんどんストレスが溜まり、動けなくなってしまうんです。今までも雑貨屋さんで働いたり飲食店で働いたりもしたけど、続かなくて」
そんな中、縁がありFM那覇でラジオ番組を持つことに。毎週火曜日 16時から『カナとカナデの叶えるRADIO』のパーソナリティを務めている。
「ちょうど仕事を辞め、次は何の仕事に就こうか悩んでいた時、FM那覇の社長から声をかけて頂いて。皆さん優しい方ばかりなので、とても働きやすく感謝しています。私の仕事は主に映像編集です」
なんの思い入れもなく移住した沖縄にすっかり沖縄に溶け込み、今では沖縄がかけがえのない場所になっているそうだ。そんな彼女に将来の夢を聞いてみた。
「将来は自分のテレビ番組を持って、色んな面白い人を招き、楽しい事ができたらいいなと思っています。10年後の自分を想像したら、きっと楽しいことしてるんだろうなと」
「沖縄は優しい人ばかりなので、思い切って飛び込んでみてください。棚ぼた式で沖縄に移住した私が、アドバイスできるのはこれくらいです。でも本当に沖縄の人は優しいんです」
彼女は彼女の生きる道を沖縄で見つけ、心の傷をバネにして輝き続けるわたぬきさんの上にある空は、何度でも晴れるだろう。テレビで彼女を見かけるのは近い将来かもしれない。
演芸集団FECオフィス
098-869-9505